寧夏、饒河、士林、逢甲、瑞豐——その名簿はジャンルだ。ここに住むと、夜市は行き先ではなく、歩いていく冷蔵庫になる。

上手な使い方は退屈だ。少し早く、あるいは少し遅く行く。席があれば座る。知っているものを一つ、知らないものを一つ。蚵仔煎を人格にしない。夕食だ。

高雄と台南は、正しく、台北が最後の言葉ではないと言う。その通りだ。今月南にいるなら、有名な名前は飛ばして、照明が悪くなり、プラスチックの椅子がよくなるまで歩く。だいたい、そこが場所だ。